東海道中膝栗毛

维基百科,自由的百科全书
跳转至: 导航搜索

東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)是1802年(享和2年)~1814年(文化11年)初刷,十返舍一九滑稽本。別名『道中膝栗毛』。後續的『續膝栗毛』在1810年(文化7年)~1822年(文政5年)刊行。出版後大受好評,直至今日。主人公的彌次郎兵衛和喜多八,合稱『彌次喜多(やじきた)』,成為許多衍生作品的主角。『彌次喜多』也被用來形容滑稽的組合。

概要[编辑]

『栗毛』是栗色的馬。『膝栗毛』是用自己的膝蓋代替馬,即徒步旅行之意。

內容描述江戶神田八丁堀的住人栃面屋彌次郎兵衛和食客喜多八(きたはち)經由東海道在前往伊勢神宮京都大坂的旅途中發生的滑稽笑談。

『續膝栗毛』系列中,彌次喜多的膝栗毛前往金比羅宮嶋木曾善光寺草津溫泉中山道

初刷本[编辑]

東海道中膝栗毛[编辑]

  • 1802(享和2年):『浮世道中 膝栗毛』(品川 - 箱根)
  • 1803(享和3年):『道中膝栗毛 後篇 乾坤』(箱根 - 蒲原)(蒲原 - 岡部)
  • 1804(文化元年):『東海道中膝栗毛 三編 上下』(岡部 - 日坂)(日坂 - 新居)
  • 1805(文化2年):『東海道中膝栗毛 四編 上下』(荒井 - 赤坂)(赤坂 - 桑名)
  • 1806(文化3年):『東海道中膝栗毛 五編 上 下 追加』(桑名 - 追分)(追分 - 山田)(伊勢めぐり)、(歌川豐國口繪)
  • 1807(文化4年):『東海道中膝栗毛 六編 上下』(伏見 - 京都)(京都めぐり)、(歌川豐國口繪)
  • 1808(文化5年):『東海道中膝栗毛 七編 上下』(京都めぐり)(京都めぐり)、(勝川春亭口繪)
  • 1809(文化6年)『東海道中膝栗毛 八編 上中下』(大阪見物)(大阪見物)(生玉 - 住吉)、(喜多川式麿北川美丸口繪、喜多川月麿插繪、各1葉、其他自畫)
  • 1814(文化11年):『東海道中膝栗毛 發端』、(喜多川式麿畫)

續膝栗毛[编辑]

  • 1810(文化7年):『金比羅参詣 續膝栗毛 初編 上下』、(月麿・式麿畫、自畫)、村田屋治郎兵衛
  • 1811(文化8年):『宮嶋参詣 續膝栗毛 二編 上下』、(葛飾北齋口繪、自畫)、村田屋治郎兵衛
  • 1812(文化9年):『木曾街道 續膝栗毛 三編 上下』、(月麿・式麿畫)、西村屋與八
  • 1813(文化10年):『木蘇街道 續膝栗毛 四編 上下』、(月麿畫)、西村屋與八
  • 1814(文化11年):『木曾街道 續膝栗毛 五編 上下』、(月麿・式麿畫)、河內屋太助、森屋治兵衛、西村屋與八
  • 1815(文化12年):『木曾街道 續膝栗毛 六編 上下』、(式麿畫)、鶴屋金助
  • 1816(文化13年):『岐曾續膝栗毛 七編 上下』、(二世喜多川歌麿口繪)、鶴屋金助
  • 1816(文化13年):『從木曾路善光寺道 續膝栗毛 八編 上下』、(二世歌麿口繪)、鶴屋金助
  • 1819(文政2年):『續膝栗毛 九編 上下』(善光寺道中)、(溪齋英泉口繪)、伊藤與兵衛
  • 1820(文政3年):『續膝栗毛 十編 上下』(上州草津温泉道中)、(勝川春亭口繪)、伊藤与兵衛
  • 1821(文政4年):『續膝栗毛 十一編 上下』(中山道中)、(春亭口繪)、伊藤與兵衛
  • 1822(文政5年):『續膝栗毛 十二編 上中下』(中山道中)、(自畫)、伊藤與兵衛

膝栗毛物[编辑]

受『東海道中膝栗毛』影響的衍生作品。

關連項目[编辑]

外部連結[编辑]