貴乃花光司

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2011年的貴乃花光司

貴乃花光司(1972年8月12日),是相撲界第65代橫綱。本名花田光司,出生於東京都中野區

生平[编辑]

所屬部屋:藤島〈二子山〉

出土俵:1988年〈三月〉

新十枚目:1989年〈十一月〉

新入幕:1990年〈五月〉

最終:2003年〈一月〉

更名:由〈花田〉改為〈貴乃花〉

最高位:橫綱〈65代力士〉

得意手〈厲害的招數〉:右四つ、寄り、上手投げ

身高:184cm

體重:149kg

血型:O型

父親:『大關』貴乃花,稱號『二子山師傅』

母親:女星藤田憲子(2001年父母離婚)

哥哥:花田勝〈若乃花〉1998年第六十六代橫綱

小學二年級開始學習相撲,之後進入了明治大學的附屬中野中學就讀,也成為學生相撲的常勝軍,在父親大關貴乃花的耳濡目染下,放棄了高中教育,直接進入了職業相撲,進入職業相撲的貴乃花等級一級一級的上昇,成為幕內優勝紀錄的最年輕的保持者。

貴乃花第一次出賽就以不到19歲的年齡,打敗當年最富盛名的橫綱千代富士,迫使他退役的。也因為此場比賽,貴乃花一躍成為眾所矚目的相撲巨星,更因為此場比賽讓他更加地被奠定與證實,在未來的數年之中,貴乃花的相撲巨星之路。

而他的哥哥也是赫赫有名的相撲力士「若乃花」,之後也和弟弟一樣成為最高位階的橫綱。


貴乃花的晉升時間表如下:

初土俵 : 1988年三月

新十両 : 1989年十一月

新入幕 : 1990年五月

新三役 : 1991年七月

大関昇進 : 1993年三月

横綱昇進 : 1995年一月

貴乃花在2003年宣布引退後,於同年6月1日在東京國國技館舉行相撲式的斷髮儀式,象徵相撲的大銀杏落下後,貴乃花和父親二子山親方在土俵上一一向四面的觀眾行禮;斷髮儀式結束後,父親二子山親方同時宣布將房子的經營權移交給他,並將在2007年2月正式改名為「貴乃花部屋」。二子山親方表示在2007年春天交出部屋經營權後,自己將專心在審判部所擔任的工作。

位在東京中野新橋的二子山部屋在改名為貴乃花部屋的同時,也將是日本相撲協會改選的時候;因此,繼承了貴乃花部屋所肩負的重責大任將可想而知,因為這裡是一個創立於昭和37年(1962年),培育出4位橫綱力士(2代目若乃花、隆乃里、3代目若乃花、貴乃花)、3位大關力士(貴乃花、若嶋津、貴乃浪)以及名力士輩出的名門。

戰績[编辑]

場所 地位 勝数 敗数 休場 備考
1990年5月 東前頭14枚目 4 11 0 新入幕
1990年11月 西前頭12枚目 8 7 0 再入幕
1991年1月 西前頭9枚目 6 9 0 -
1991年3月 東前頭13枚目 12 3 0 敢闘賞(初)、技能賞(初)
1991年5月 西前頭筆頭 9 6 0 殊勲賞(初)、金星(千代の富士)
1991年7月 西小結 11 4 0 殊勲賞(2)、技能賞(2)、新小結
1991年9月 西関脇 7 8 0 新関脇
1991年11月 東前頭筆頭 7 8 0 -
1992年1月 東前頭2枚目 14 1 0 優勝(初)、殊勲賞(3)、敢闘賞(2)、技能賞(3)
1992年3月 西関脇 5 10 0 -
1992年5月 西前頭2枚目 9 6 0 -
1992年7月 東張出小結 8 7 0 -
1992年9月 西小結 14 1 0 優勝(2)、殊勲賞(4)
1992年11月 西関脇 10 5 0 -
1993年1月 東関脇 11 4 0 -
1993年3月 東大関 11 4 0 新大関
1993年5月 東大関 14 1 0 優勝(3)
1993年7月 東大関 13 2 0 -
1993年9月 東大関 12 3 0 -
1993年11月 東大関 7 8 0 -
1994年1月 西大関 14 1 0 優勝(4)、角番
1994年3月 東大関 11 4 0 -
1994年5月 西大関 14 1 0 優勝(5)
1994年7月 東大関 11 4 0 -
1994年9月 西大関2 15 0 0 優勝(6)
1994年11月 東大関 15 0 0 優勝(7)
1995年1月 東横綱 13 2 0 優勝(8)、新横綱
1995年3月 東横綱 13 2 0 -
1995年5月 西横綱 14 1 0 優勝(9)
1995年7月 東横綱 13 2 0 優勝(10)
1995年9月 東横綱 15 0 0 優勝(11)
1995年11月 東横綱 12 3 0 -
1996年1月 東横綱 14 1 0 -
1996年3月 東横綱 14 1 0 優勝(12)
1996年5月 東横綱 14 1 0 優勝(13)
1996年7月 東横綱 13 2 0 優勝(14)
1996年9月 東横綱 15 0 0 優勝(15)
1996年11月 東横綱 0 0 15 -
1997年1月 西横綱 13 2 0 -
1997年3月 東横綱 12 3 0 優勝(16)
1997年5月 東横綱 13 2 0 -
1997年7月 東横綱 13 2 0 優勝(17)
1997年9月 東横綱 13 2 0 優勝(18)
1997年11月 東横綱 14 1 0 -
1998年1月 東横綱 8 5 2 -
1998年3月 西横綱 1 4 10 -
1998年5月 西横綱 10 5 0 -
1998年7月 西横綱 14 1 0 優勝(19)
1998年9月 東横綱 13 2 0 優勝(20)
1998年11月 東横綱 12 3 0 -
1999年1月 東横綱 8 7 0 -
1999年3月 西横綱 8 3 4 -
1999年5月 東横綱 0 0 15 -
1999年7月 西横綱2 9 6 0 -
1999年9月 東横綱2 0 3 12 -
1999年11月 西横綱2 11 4 0 -
2000年1月 西横綱 12 3 0 -
2000年3月 東横綱 11 4 0 -
2000年5月 西横綱 13 2 0 -
2000年7月 西横綱 5 3 7 -
2000年9月 東横綱2 0 0 15 -
2000年11月 東横綱2 11 4 0 -
2001年1月 東大関2 14 1 0 優勝(21)
2001年3月 東横綱 12 3 0 -
2001年5月 東横綱 13 2 0 優勝(22)
2001年7月 東横綱 0 0 15 -
2001年9月 西横綱 0 0 15 -
2001年11月 西横綱 0 0 15 -
2002年1月 西横綱 0 0 15 -
2002年3月 西横綱 0 0 15 -
2002年5月 西横綱 0 0 15 -
2002年7月 西横綱 0 0 15 -
2002年9月 西横綱 12 3 0 -
2002年11月 西横綱 0 0 15 -
2003年1月 西横綱 4 4 1 引退
通算 701 217 201 -

成績[编辑]

  • 總成績:794勝262敗201休
  • 幕内成績:701勝217敗201休
  • 優勝:22回
  • 連勝:30連勝
  • 三賞:殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞3回
  • 金星:1個(千代富士
  • 幕内在位:75場所
  • 横綱在位:49場所
  • 大關以下的優勝回数:7回(明治以來的最佳紀錄)