雅山哲士

维基百科,自由的百科全书
跳转至: 导航搜索
雅山哲士
日語寫法
日語原文 雅山 哲士
假名 みやびやま てつし
平文式罗马字 Miyabiyama Tetsushi

雅山哲士(1977年7月28日),本名竹内雅人,是日本大相撲力士。他在茨城縣水戶市出生。父親竹内哲士是茨城的交通警。他的相撲技術師承自武双山。他年少時最喜歡的力士是琴椿。曾就讀明治大学,但因為被武藏川部屋收取為徒而中途退學。

战绩[编辑]

雅山哲士
1月場所
初場所(東京
3月場所
春場所(大阪
5月場所
夏場所(東京)
7月場所
名古屋場所(愛知
9月場所
秋場所(東京)
11月場所
九州場所(福岡
1998年
(平成10年)
x x x 幕下付出 #60
7–0
 
西 幕下 #6
7–0
 
西 十兩 #11
12–3
 
1999年
(平成11年)
西 十兩 #1
14–1
 
東 前頭 #7
9–6
西 前頭 #2
6–9
 
東 前頭 #4
7–8
 
東 前頭 #5
10–5
 
西 前頭 #1
8–7
 
2000年
(平成12年)
西 小結
12–3
西 關脅
11–4
東 關脅
11–4
西 大關
6–9
 
西 大關 #2
8–7[1]
 
西 大關 #2
9–6
 
2001年
(平成13年)
西 大關 #2
8–7
 
東 大關 #2
7–8
 
西 大關 #2
9–6[1]
 
東 大關 #2
7–8
 
西 大關 #2
3–7–5[1][2]
 
(休場)
2002年
(平成14年)
(休場) 東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #3
10–5
 
東 小結
6–9
 
東 前頭 #1
7–8
 
東 前頭 #2
8–7
 
2003年
(平成15年)
西 前頭 #1
1–3–11[3]
 
西 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #5
10–5
 
東 前頭 #1
10–5
 
西 關脅
4–11
 
東 前頭 #4
6–9
 
2004年
(平成16年)
西 前頭 #7
11–4
 
東 前頭 #1
8–7
 
東 小結
3–12
 
東 前頭 #7
12–3
 
西 關脅
9–6
 
西 關脅
9–6
 
2005年
(平成17年)
西 關脅
9–6
 
東 關脅
5–10
 
東 前頭 #3
8–7
 
西 小結
7–8
 
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #4
10–5
2006年
(平成18年)
東 前頭 #1
8–7
 
西 小結
10–5
 
西 關脅
14–1[4]
東 關脅
10–5
 
東 關脅
9–6
 
東 關脅
8–7
 
2007年
(平成19年)
西 關脅
5–10
 
東 前頭 #3
4–4–7[5]
西 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #5
7–8
 
西 前頭 #5
9–6
 
西 前頭 #1
7–8
 
2008年
(平成20年)
西 前頭 #2
7–8
 
西 前頭 #2
7–8
 
東 前頭 #3
6–9
 
東 前頭 #5
9–6
 
西 前頭 #1
4–11
東 前頭 #7
10–5
 
2009年
(平成21年)
東 前頭 #2
6–9
 
東 前頭 #3
4–11
 
東 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #4
8–7
 
西 前頭 #1
4–11
 
西 前頭 #9
12–3
2010年
(平成22年)
西 前頭 #2
5–10
 
x x x x x
各欄数字按「勝-負-休場」表示。    優勝 引退 十兩・幕下

三賞=敢鬬賞、=殊勛賞、=技能賞     其他:=金星
番付階級幕内 - 十兩 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序之口

幕内序列横綱 - 大關 - 關脅 - 小結 - 前頭(「#数字」为出场顺序)
場所 番付 勝数 敗数 休場 備考
平成11年(1999年)3月 東前頭7枚目 9 6 0 新入幕、敢闘賞(初)
平成11年(1999年)5月 西前頭2枚目 6 9 0 -
平成11年(1999年)7月 東前頭4枚目 7 8 0 -
平成11年(1999年)9月 東前頭5枚目 10 5 0 -
平成11年(1999年)11月 西前頭筆頭 8 7 0 -
平成12年(2000年)1月 西小結 12 3 0 新小結、殊勲賞(初)
平成12年(2000年)3月 西関脇 11 4 0 新関脇、敢闘賞(2)
平成12年(2000年)5月 東関脇 11 4 0 敢闘賞(3)
平成12年(2000年)7月 西大関 6 9 0 新大関、大関皆勤負越(1)
平成12年(2000年)9月 西大関2 8 7 0 大関角番(1)
平成12年(2000年)11月 西大関2 9 6 0 -
平成13年(2001年)1月 西大関2 8 7 0 -
平成13年(2001年)3月 東大関2 7 8 0 大関皆勤負越(2)
平成13年(2001年)5月 西大関2 9 6 0 大関角番(2)
平成13年(2001年)7月 東大関2 7 8 0 大関皆勤負越(3)
平成13年(2001年)9月 西大関2 3 7 5 大関角番(3)、途中休場(左足関節及び左足根骨脱臼)
平成13年(2001年)11月 西関脇2 0 0 15 関脇陥落、公傷制度適用・全休
平成14年(2002年)1月 東関脇2 0 0 15 全休(右肩インピンジメント症候群及びSLAP症候群)
平成14年(2002年)3月 東前頭8枚目 9 6 0 -
平成14年(2002年)5月 東前頭3枚目 10 5 0 -
平成14年(2002年)7月 東小結 6 9 0 -
平成14年(2002年)9月 東前頭筆頭 7 8 0 -
平成14年(2002年)11月 東前頭2枚目 8 7 0 -
平成15年(2003年)1月 西前頭筆頭 1 3 11 途中休場(右足関節外果剥離骨折)
平成15年(2003年)3月 西前頭9枚目 9 6 0 -
平成15年(2003年)5月 東前頭5枚目 10 5 0 -
平成15年(2003年)7月 東前頭筆頭 10 5 0 -
平成15年(2003年)9月 西関脇 4 11 0 -
平成15年(2003年)11月 東前頭4枚目 6 9 0 -
平成16年(2004年)1月 西前頭7枚目 11 4 0 -
平成16年(2004年)3月 東前頭筆頭 8 7 0 -
平成16年(2004年)5月 東小結 3 12 0 -
平成16年(2004年)7月 東前頭7枚目 12 3 0 -
平成16年(2004年)9月 西関脇 9 6 0 -
平成16年(2004年)11月 西関脇 9 6 0 -
平成17年(2005年)1月 西関脇 9 6 0 -
平成17年(2005年)3月 東関脇 5 10 0 -
平成17年(2005年)5月 東前頭3枚目 8 7 0 -
平成17年(2005年)7月 西小結 7 8 0 -
平成17年(2005年)9月 東前頭筆頭 6 9 0 -
平成17年(2005年)11月 東前頭4枚目 10 5 0 敢闘賞(4)
平成18年(2006年)1月 東前頭筆頭 8 7 0 -
平成18年(2006年)3月 西小結 10 5 0 -
平成18年(2006年)5月 西関脇 14 1 0 優勝決定戦で敗退、殊勲賞(2)、技能賞(初)
平成18年(2006年)7月 東関脇 10 5 0 -
平成18年(2006年)9月 東関脇 9 6 0 -
平成18年(2006年)11月 東関脇 8 7 0 -
平成19年(2007年)1月 西関脇 5 10 0 -
平成19年(2007年)3月 東前頭3枚目 4 4 7 金星(朝青龍)、途中休場(右大腿四頭筋挫傷など)
平成19年(2007年)5月 西前頭9枚目 9 6 0 -
平成19年(2007年)7月 東前頭5枚目 7 8 0 -
平成19年(2007年)9月 西前頭5枚目 9 6 0 -
平成19年(2007年)11月 西前頭筆頭 7 8 0 -
平成20年(2008年)1月 西前頭2枚目 7 8 0 -
平成20年(2008年)3月 西前頭2枚目 7 8 0 -
平成20年(2008年)5月 東前頭3枚目 6 9 0 -
平成20年(2008年)7月 東前頭5枚目 9 6 0 -
平成20年(2008年)9月 西前頭筆頭 4 11 0 金星(朝青龍)
平成20年(2008年)11月 東前頭7枚目 10 5 0 -
平成21年(2009年)1月 東前頭2枚目 6 9 0 -
平成21年(2009年)3月 東前頭3枚目 4 11 0 -
平成21年 (2009年) 5月 東前頭11枚目 9 6 0 -
平成21年 (2009年) 7月 東前頭4枚目 8 7 0 -
平成21年(2009年)9月 西前頭筆頭 4 11 0 -
平成21年(2009年)11月 西前頭9枚目 12 3 0 敢闘賞(5)
平成22年(2010年)1月 西前頭2枚目 5 10 0 -
幕内通算 499 438 53 殊勲賞2回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個

参考文献[编辑]

  1. ^ 1.0 1.1 1.2 角番(全3回)
  2. ^ 左足関節及び左足根骨脱臼により途中休場
  3. ^ 右足関節外果剥離骨折により途中休場
  4. ^ 白鵬と優勝決定戦
  5. ^ 右大腿四頭筋挫傷により途中休場