白鳥庫吉

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白鳥 庫吉日語しらとり くらきち、1865年3月1日-1942年3月30日)、日本東洋史学者、文学博士。東京帝國大學(現東京大学)教授。東洋文庫理事長。白鸟库吉曾发表《堯舜禹抹殺論》,在日本历史学界掀起轩然大波,拉开了日本疑古史学的大幕。[1]

生平[编辑]

上總國長柄郡長谷村(現・千葉縣茂原市)出身。父親為白鳥嘉一郎、本名白鳥倉吉。是外交官、政治家白鳥敏夫之甥。

白鳥庫吉中學就讀千葉中学、一高,1886年自東京帝国大学文科大学史学科(今東京大学)畢業。

學術觀點[编辑]

白鳥庫吉主張邪馬台國北九州説。師從那珂通世,弟子有津田左右吉榎一雄等人。

著書[编辑]

  • 『白鳥庫吉全集』(全10巻)、岩波書店、1969年 - 1971年。
    • 1・2巻:日本上代史研究、3巻:朝鮮史研究、4、5巻:塞外民族史研究、6、7巻:西域史研究、8、9巻:アジア史論、10巻:雑纂ほか。
    「西域史研究」、「朝鮮史研究」、「塞外民族史研究」単行新版刊行。
  • 『日本歷史 昭和天皇の教科書』(上下) 勉誠文庫:勉誠出版、2000年。
  • 『国史 昭和天皇の歴史教科書 口語訳』 出雲井晶訳、講談社、2004年。

回想[编辑]

  • 東方学回想 I 先学を語る〈1〉』刀水書房、2000年、座談会での関係者の回想・年譜書誌を収録。

參考[编辑]

  1. ^ 盛邦和. 上世紀初葉日本疑古史學敘論. 《二十一世紀》網絡版. 2005年3月, (36) [2014-05-13].