貴乃花光司

维基百科,自由的百科全书
跳转至: 导航搜索
2011年的貴乃花光司

貴乃花光司(1972年8月12日),是相撲界第65代橫綱。本名花田光司,出生於東京都杉並區、生活在中野區[1]

生平[编辑]

小學二年級開始學習相撲,之後進入了明治大學的附屬中野中學就讀,也成為學生相撲的常勝軍,在父親大關貴乃花的耳濡目染下,放棄了高中教育,直接進入了職業相撲,貴乃花之後等級一級一級的上昇,成為幕內優勝紀錄的最年輕的保持者。

貴乃花第一次出賽就以不到19歲的年齡,打敗當年最富盛名的橫綱千代富士,之後千代富士隨之退役。貴乃花因為此場比賽,一躍成為眾所矚目的相撲巨星。

而他的哥哥若乃花也是相撲力士,之後也成為最高位階的橫綱。

貴乃花在2003年宣布引退後,於同年6月1日在東京國國技館舉行相撲式的斷髮儀式,象徵相撲的大銀杏落下後,貴乃花和父親二子山親方在土俵上一一向四面的觀眾行禮;斷髮儀式結束後,父親二子山親方同時宣布將房子的經營權移交給他,並將在2007年2月正式改名為「貴乃花部屋」。二子山親方表示在2007年春天交出部屋經營權後,自己將專心在審判部所擔任的工作。

位在東京中野新橋的二子山部屋在改名為貴乃花部屋的同時,也將是日本相撲協會改選的時候;因此,繼承了貴乃花部屋所肩負的重責大任將可想而知,因為這裡是一個創立於昭和37年(1962年),培育出4位橫綱力士(2代目若乃花、隆乃里、3代目若乃花、貴乃花)、3位大關力士(貴乃花、若嶋津、貴乃浪)以及名力士輩出的名門。

晉升時間表[编辑]

貴乃花的晉升時間表如下:

初土俵 : 1988年三月

新十両 : 1989年十一月

新入幕 : 1990年五月

新三役 : 1991年七月

大関昇進 : 1993年三月

横綱昇進 : 1995年一月

年表[编辑]

所屬部屋:藤島〈二子山〉

出土俵:1988年〈三月〉

新十枚目:1989年〈十一月〉

新入幕:1990年〈五月〉

最終:2003年〈一月〉

更名:由〈花田〉改為〈貴乃花〉

最高位:橫綱〈65代力士〉

得意手〈厲害的招數〉:右四つ、寄り、上手投げ

身高:184cm

體重:149kg

血型:O型

父親:『大關』貴乃花,稱號『二子山師傅』

母親:女星藤田憲子(2001年父母離婚)

戰績[编辑]

場所 地位 勝数 敗数 休場 備考
1990年5月 東前頭14枚目 4 11 0 新入幕
1990年11月 西前頭12枚目 8 7 0 再入幕
1991年1月 西前頭9枚目 6 9 0 -
1991年3月 東前頭13枚目 12 3 0 敢闘賞(初)、技能賞(初)
1991年5月 西前頭筆頭 9 6 0 殊勲賞(初)、金星(千代の富士)
1991年7月 西小結 11 4 0 殊勲賞(2)、技能賞(2)、新小結
1991年9月 西関脇 7 8 0 新関脇
1991年11月 東前頭筆頭 7 8 0 -
1992年1月 東前頭2枚目 14 1 0 優勝(初)、殊勲賞(3)、敢闘賞(2)、技能賞(3)
1992年3月 西関脇 5 10 0 -
1992年5月 西前頭2枚目 9 6 0 -
1992年7月 東張出小結 8 7 0 -
1992年9月 西小結 14 1 0 優勝(2)、殊勲賞(4)
1992年11月 西関脇 10 5 0 -
1993年1月 東関脇 11 4 0 -
1993年3月 東大関 11 4 0 新大関
1993年5月 東大関 14 1 0 優勝(3)
1993年7月 東大関 13 2 0 -
1993年9月 東大関 12 3 0 -
1993年11月 東大関 7 8 0 -
1994年1月 西大関 14 1 0 優勝(4)、角番
1994年3月 東大関 11 4 0 -
1994年5月 西大関 14 1 0 優勝(5)
1994年7月 東大関 11 4 0 -
1994年9月 西大関2 15 0 0 優勝(6)
1994年11月 東大関 15 0 0 優勝(7)
1995年1月 東横綱 13 2 0 優勝(8)、新横綱
1995年3月 東横綱 13 2 0 -
1995年5月 西横綱 14 1 0 優勝(9)
1995年7月 東横綱 13 2 0 優勝(10)
1995年9月 東横綱 15 0 0 優勝(11)
1995年11月 東横綱 12 3 0 -
1996年1月 東横綱 14 1 0 -
1996年3月 東横綱 14 1 0 優勝(12)
1996年5月 東横綱 14 1 0 優勝(13)
1996年7月 東横綱 13 2 0 優勝(14)
1996年9月 東横綱 15 0 0 優勝(15)
1996年11月 東横綱 0 0 15 -
1997年1月 西横綱 13 2 0 -
1997年3月 東横綱 12 3 0 優勝(16)
1997年5月 東横綱 13 2 0 -
1997年7月 東横綱 13 2 0 優勝(17)
1997年9月 東横綱 13 2 0 優勝(18)
1997年11月 東横綱 14 1 0 -
1998年1月 東横綱 8 5 2 -
1998年3月 西横綱 1 4 10 -
1998年5月 西横綱 10 5 0 -
1998年7月 西横綱 14 1 0 優勝(19)
1998年9月 東横綱 13 2 0 優勝(20)
1998年11月 東横綱 12 3 0 -
1999年1月 東横綱 8 7 0 -
1999年3月 西横綱 8 3 4 -
1999年5月 東横綱 0 0 15 -
1999年7月 西横綱2 9 6 0 -
1999年9月 東横綱2 0 3 12 -
1999年11月 西横綱2 11 4 0 -
2000年1月 西横綱 12 3 0 -
2000年3月 東横綱 11 4 0 -
2000年5月 西横綱 13 2 0 -
2000年7月 西横綱 5 3 7 -
2000年9月 東横綱2 0 0 15 -
2000年11月 東横綱2 11 4 0 -
2001年1月 東大関2 14 1 0 優勝(21)
2001年3月 東横綱 12 3 0 -
2001年5月 東横綱 13 2 0 優勝(22)
2001年7月 東横綱 0 0 15 -
2001年9月 西横綱 0 0 15 -
2001年11月 西横綱 0 0 15 -
2002年1月 西横綱 0 0 15 -
2002年3月 西横綱 0 0 15 -
2002年5月 西横綱 0 0 15 -
2002年7月 西横綱 0 0 15 -
2002年9月 西横綱 12 3 0 -
2002年11月 西横綱 0 0 15 -
2003年1月 西横綱 4 4 1 引退
通算 701 217 201 -

成績[编辑]

  • 總成績:794勝262敗201休
  • 幕内成績:701勝217敗201休
  • 優勝:22回
  • 連勝:30連勝
  • 三賞:殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞3回
  • 金星:1個(千代富士
  • 幕内在位:75場所
  • 横綱在位:49場所
  • 大關以下的優勝回数:7回(明治以來的最佳紀錄)

場所別成績[编辑]

      

貴乃花光司
1月場所
初場所(東京
3月場所
春場所(大阪
5月場所
夏場所(東京)
7月場所
名古屋場所(愛知
9月場所
秋場所(東京)
11月場所
九州場所(福岡
1988年
(昭和63年)
x (前相撲) 東 序之口 #11
5–2
 
西 序二段 #101
6–1
 
西 序二段 #31
6–1
 
東 三段目 #74
5–2
 
1989年
(平成元年)
東 三段目 #41
5–2
 
西 三段目 #13
5–2
 
東 幕下 #48
優勝
7–0
東 幕下 #6
3–4
 
西 幕下 #9
優勝
7–0
西 十兩 #10
8–7
 
1990年
(平成2年)
西 十兩 #6
9–6
 
西 十兩 #3
9–6
 
東 前頭 #14
4–11
 
東 十兩 #5
8–7
 
東 十兩 #2
10–5
 
西 前頭 #12
8–7
 
1991年
(平成3年)
西 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #13
12–3
西 前頭 #1
9–6[2]
西 小結
11–4
西 關脅
7–8
 
東 前頭 #1
7–8
 
1992年
(平成4年)
東 前頭 #2
14–1
西 關脅
5–10
 
西 前頭 #2
9–6
 
東 張出小結
8–7
 
西 小結
14–1
西 關脅
10–5
 
1993年
(平成5年)
東 關脅
11–4
 
東 大關 #1
11–4
 
東 大關 #1
14–1
 
東 大關 #1
13–2[3]
 
東 大關 #1
12–3
 
東 大關 #1
7–8
 
1994年
(平成6年)
西 大關 #1
14–1[4]
 
東 大關 #1
11–4
 
西 大關 #1
14–1
 
東 大關 #1
11–4
 
西 大關 #2
15–0
 
東 大關 #1
15–0
 
1995年
(平成7年)
東 横綱
13–2[5]
 
東 横綱
13–2
 
西 横綱
14–1
 
東 横綱
13–2
 
東 横綱
15–0
 
東 横綱
12–3[6]
 
1996年
(平成8年)
東 横綱
14–1[7]
 
東 横綱
14–1
 
東 横綱
14–1
 
東 横綱
13–2
 
東 横綱
15–0
 
東 横綱
休場[8]
0–0–15
1997年
(平成9年)
西 横綱
13–2
 
東 横綱
12–3[9]
 
東 横綱
13–2[10]
 
東 横綱
13–2
 
東 横綱
13–2[5]
 
東 横綱
14–1[7]
 
1998年
(平成10年)
東 横綱
8–5–2[11]
 
西 横綱
1–4–10[12]
 
西 横綱
10–5
 
西 横綱
14–1
 
東 横綱
13–2
 
東 横綱
12–3
 
1999年
(平成11年)
東 横綱
8–7
 
西 横綱
8–3–4[13]
 
東 横綱
休場[14]
0–0–15
西 横綱 #2
9–6
 
東 横綱 #2
0–3–12[15]
 
西 横綱 #2
11–4
 
2000年
(平成12年)
西 横綱
12–3
 
東 横綱
11–4
 
西 横綱
13–2
 
西 横綱
5–3–7[16]
 
東 横綱 #2
休場[17]
0–0–15
東 横綱 #2
11–4
 
2001年
(平成13年)
東 横綱 #2
14–1[5]
 
東 横綱
12–3
 
東 横綱
13–2[5]
 
東 横綱
休場[18]
0–0–15
西 横綱
休場[19]
0–0–15
西 横綱
休場[19]
0–0–15
2002年
(平成14年)
西 横綱
休場[19]
0–0–15
西 横綱
休場[19]
0–0–15
西 横綱
休場[19]
0–0–15
西 横綱
休場[20]
0–0–15
西 横綱
12–3
 
西 横綱
休場[21]
0–0–15
2003年
(平成15年)
西 横綱
引退
4–4–1[22]
x x x x x
各欄数字按「勝-負-休場」表示。    優勝 引退 十兩・幕下

三賞=敢鬬賞、=殊勛賞、=技能賞     其他:=金星
番付階級幕内 - 十兩 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序之口

幕内序列横綱 - 大關 - 關脅 - 小結 - 前頭(「#数字」为出场顺序)


參考資料[编辑]

  1. ^ 「節目をつけたかった」貴乃花引退会見(後篇). スポーツナビ. 2003-01-20 [2012-07-10]. 
  2. ^ 千代の富士戦で金星
  3. ^ 若ノ花(のち3代・若乃花)と優勝決定戦
  4. ^ 角番(全1回)
  5. ^ 5.0 5.1 5.2 5.3 武蔵丸と優勝決定戦
  6. ^ 3代・若乃花と優勝決定戦
  7. ^ 7.0 7.1 貴ノ浪と優勝決定戦
  8. ^ 急性腸炎により全休。
  9. ^ 曙・武蔵丸・魁皇と優勝決定戦
  10. ^ 曙と優勝決定戦
  11. ^ 急性上気道炎・肝機能障害により13日目から途中休場
  12. ^ 肝機能障害により5日目から途中休場
  13. ^ 右肩鎖関節亜脱臼・右肩胛骨骨折により11日目から途中休場
  14. ^ 右肩三角筋挫傷・右肩鎖関節亜脱臼・右肩板部分損傷により全休
  15. ^ 左第 4指PIP関節脱臼・陳旧性総指伸筋腱(IV)中央索損傷により3日目から途中休場
  16. ^ 上腕二頭筋短頭筋部分断裂により8日目から途中休場
  17. ^ 左上腕二頭筋腱損傷により全休
  18. ^ 右膝外側半月板損傷疑により全休
  19. ^ 19.0 19.1 19.2 19.3 19.4 右膝外科手術後により全休
  20. ^ 筋力強化不足により全休
  21. ^ 右膝外側半月板損傷により全休
  22. ^ 左肩鎖靱帯損傷により3日目から途中休場、5日目から再出場、9日目に引退

外部連結[编辑]