赤田首里殿內

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日語寫法
日語原文 赤田首里殿内
假名 あかたすんどぅんち
平文式罗马字 Akata-sun-dunchi
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赤田首里殿內是一首沖繩民謠。這首歌曲創作於琉球第二尚氏王朝時期,是首里城赤田村(今那霸市首里赤田町)石川家在舉行祭禮「迎彌勒」(弥勒迎け)時歌唱的童謠

赤田首里殿內是琉球王國時代高級祝女首里大阿母志良禮(シュイウフアンシタリ)所居住的神殿。[1]琉球人的彌勒(琉球語:彌勒 / ミルク)信仰與其他地方的人不同,琉球人將彌勒信仰融入到了琉球神道龍宮日语ニライカナイ信仰之中,在迎彌勒的祭禮中祈禱豐收(這是現代沖繩學學者的重要研究對象)。在傳統彌勒節迎彌勒祭禮上,人們戴著布袋和尚的面具,唱著這首曲子,期待彌勒的「世果報」(太平盛世)的到來。彌勒節一般在農曆七月十六舉行,現在改為最接近農曆七月十六日的那個星期天舉行。

赤田首里殿內的歌謠在昭和初年一度失傳,1994年獲得復興。現在沖繩都市單軌鐵路列車到達首里站時,會播放這首樂曲。

歌詞[编辑]

琉球各地的歌詞有細微不同,此處以首里赤田町的歌詞為準。

赤田首里殿內
琉球語原文 日本語譯 中文大意
第一段
赤田あかた首里すん殿内どぅんち 赤田首里殿内 赤田首里殿內 
黄金くがに灯籠どぅーるー提げてぃさぎてぃ 黄金に輝く灯籠を提げて 掛著黃金色的燈籠
うりがあかがりば それが明るく灯ったらば 如果它點亮的話
弥勒ミルク御迎えうんけー 弥勒様をお迎えしよう 就是迎接彌勒佛
(囃子:)しーやーぷー しーやーぷー みーみんめー みーみんめー ひーじんとー ひーじんとー いーゆぬみー いーゆぬみー
第二段
あがりあかがりば 日が昇ったら 太陽從東方昇起
墨習いしみなれー行きよんいちゅん 学校に参ります 要去上學了
頭結かしらゆてぃ給りたぼり 髪を結って下さいませ 請把髮髻結起
うや加那志がなし 私の親御様 我親愛的親人
(囃子:)しーやーぷー しーやーぷー みーみんめー みーみんめー ひーじんとー ひーじんとー いーゆぬみー いーゆぬみー
第三段
だいこくの弥勒 だいこくの弥勒 守護神彌勒啊
我がしまもち 私の島にもおいで下さい 請來到我的島上吧
御拡きうかきせみそうり そして広めて下さい 然後請寬容天下
弥勒世果報ゆがふ[2] 弥勒の「世果報」を 讓「世果報」到來
(囃子:)しーやーぷー しーやーぷー みーみんめー みーみんめー ひーじんとー ひーじんとー いーゆぬみー いーゆぬみー
第四段
道々みちみちちまた 道々のそこかしこ 街街巷巷
うたうたてぃ遊ぶあしぶ みんなが唄を口ずさむ 口中都唱著歌謠
弥勒世果報 弥勒の「世果報」が 彌勒的世果報
ちかくなたさ 近くなったようだよ 已經不遠啦
(囃子:)しーやーぷー しーやーぷー みーみんめー みーみんめー ひーじんとー ひーじんとー いーゆぬみー いーゆぬみー

腳註[编辑]

  1. ^ 赤田首里殿内小路
  2. ^ 「世果報」指的是「太平之世」。